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小瀧達郎写真展
「VISIONS OF UK」英国に就いて


小瀧達郎の初期作品から、1980年から90年代にかけて撮影された英国のモノクローム作品を展示。ロンドン、ブライトンなどで撮影された風景、人物など。

小瀧達郎写真

       ©Tatsuo Kotaki

同時開催 1階展示室
「90年代マリ・クレールとその時代」


1980年後半から90年代にかけて、女性誌の枠を超え、当時のサブ・カルチャーを席巻した感のある雑誌『マリ・クレール』(中央公論社刊)。故・安原顕氏編集のもと、当時の誌面を飾ったカラー・モノクロ写真作品を展示。

会 期 / 2009年10月20日(火)〜12月26日(土)
時 間 / 11:00〜19:00
休 廊 / 日・月・祝
入場料 / 無料

海野弘×飯沢耕太郎×小瀧達郎鼎談

写真展に合わせて、海野弘、飯沢耕太郎、小瀧達郎の鼎談を行います。
90年代の『マリ・クレール』に寄稿していた3人による鼎談。写真の話はもとより、英国やブライトン、そして黄金期の『マリ・クレール』に至るまで、各々の専門分野からの興味深い話が聞ける、盛り沢山な一夜です。

日 時 / 2009年12月4日(金) 19:00〜(当日は18:00閉廊)
参加費 / 2,000円
mailにて要予約。
お名前・ご住所・お電話番号を明記のうえ、送信して下さい。
*スタッフより予約確認のmailを送らせて頂きます。

終了致しました。たくさんのご参加ありがとうございました。

*お客様の個人情報を漏洩・流出させたり不正に利用したりしないよう、厳正な管理を実施しております。

小瀧達郎「VISIONS OF UK」英国に就いてを語る

写真展に合わせて、小瀧達郎「VISIONS OF UK」英国に就いてを語る を開催致します。
小瀧達郎が会場を廻りながら展示作品1点1点を解説、撮影エピソードなどもお聞かせする特別な一夜です。
同時に展示写真の撮影データや、プリントテクニックなどの技術的な質問にもお答え致します。

日 時 / 2009年12月22日(火) 19:00〜
参加費 / 2,000円 お茶付き
mailにて要予約。
お名前・ご住所・お電話番号を明記のうえ、送信して下さい。
*スタッフより予約確認のmailを送らせて頂きます。

終了致しました。たくさんのご参加ありがとうございました。

*お客様の個人情報を漏洩・流出させたり不正に利用したりしないよう、厳正な管理を実施しております。


    奇蹟の立ち位置――小瀧達郎の写真に寄せて
                                                                                                             飯沢耕太郎

  小瀧達郎の写真を見ながら、写真家の立ち位置について考えた。いい写真家はごく自然体で、被写体をすっと見通すことができるポジションに立つことができる。彼の写真を見ていると、彼がいつでもそんな奇蹟のような場所にいることに不思議な気がしてくる。
  たとえばイギリスのブライトン・ビーチで1980年に撮影された、スキンヘッズの若者たちがたむろしている写真。この場面では、これ以上引いたら砂粒を数えるような眺めに、これ以上近づいたらただの生々しい風俗写真になってしまう、ぎりぎりの距離感でシャッターが切られている。結果的に、若者たちの散らばり具合が実に目に快く、画面にすっきりとおさまっているのだ。
  小瀧のスナップショットの多くは、立ち位置のみ方が絶妙としかいいようがない。彼の写真を見る者は、知らず知らずのうちに、印画紙の舞台上で演じられるパフォーマンスを、最もよく味わうことができる一等席に導かれることになる。
  彼とともに伝説の女性誌『マリ・クレール』(中央公論社)の誌面作りを担っていた"スーパー・エディター"故・安原顯は、かつて「小瀧達郎は生々しい感情は好まぬようだが、さりとて無垢の自然にも興味がないように見える」と書いたことがある。その通りだと思う。小瀧の関心の対象は、人気のない自然ではなく、人がいる、あるいは人の匂いがする光景である。
  その「人事」の世界を、彼は適度な距離感を保った、いぶし銀のような物語に変換してみせる。その名人芸を心ゆくまで味わってほしい。

                                                                             (いいざわ こうたろう 写真評論家)


小瀧達郎写真

                         ©Tatsuo Kotaki


    小瀧達郎 あの「優れた外科医のようなメスさばき」
                                                                                                                蓮實重彦

  優れた外科医のメスさばきはまったく痛みを感じさせないとどこかで読んだ気がするけれど、今日の写真家の振る舞いには、ふとそんなことを思いださせてくれる未知のしなやかさがみなぎっていた――故ダニエル・シュミットがそうつぶやいたときのことが、いまも忘れられません。被写体としてレンズに狙われたと意識する暇もないまま、シャッター音のえもいわれぬやわらかさがまるで愛撫のようにつつみこんでくれたので、心地よく話に集中することができ、いつ撮影が終わったのか気づかなかったほどだ。あえて技術を誇示することのない手品師の高度な芸に酔いしれたように、シュミットはなんどもそうくりかえしていました。「優れた外科医のようなメスさばき」を思わせるやわらかなキャメラ・ワークで『ラ・パロマ』の監督を魅了した日本人の写真家。それは、小瀧達郎にほかなりません。
  いまからニ十年ほど前のことになるでしょうか。当時『リュミエール』という季刊の映画雑誌の責任編集にあたっていたわたくしは、『デ・ジャ・ヴュ』の公開にあわせて来日したシュミットにインタヴューすることになりました。そのとき、『ラ・パロマ』や『ヘカテ』のような作品を撮った監督のポートレートを依頼するなら、小瀧さんのキャメラに頼るしかないと心に決めていました。被写体をいささかも苛立たせることなく、そのもっとも自然なそぶりを、あたかも未知の表情であるかのようにキャメラにおさめる術を心得ている彼の仕事ぶりに、何度も驚嘆しつつ立ち会った経験があったからです。キャメラを向けられることに神経過敏な映画作家たちは、派手なストロボ撮影や、傍若無人な接写や、威嚇的なシャッター音を容易に受け入れてくれません。とりわけ、ちょっとした雰囲気の乱れにも過剰な反応を示しがちなシュミットの場合、インタヴューのための環境設定には細心の注意がはらわれねばなりません。あたりの時間と空間との調和が、キャメラマンの侵入によって不意に崩れることがあってはならない。あるかないかの微妙な変化に鈍感なレンズが、時間と空間とを人物のまわりで凝固させてしまってもいけない。瞬間的な不動性が、生の持続としてとらえられていなければならないのです。そうした厄介な注文に応えてくれそうな繊細な写真家は、小瀧達郎をおいてはいないと思ったのです。
  インタヴューが行われたのは、帝国ホテル。時刻は、たぶん夕方だったと思います。シュミットとは旧知の仲であるだけにうちとけた会話がはずんだのですが、小瀧さんは、その親密な時間と空間とにそっと溶けこんでしまったかのように、彼自身の存在をわれわれにはほとんど意識させません。それでいながら、できあがった作品のできばえは、わたくしの期待を遥かに超えたものでした。実際、ダニエル・シュミット自身が、これまででもっとも気に入っていると公言してはばからない何枚ものポートレートが、嘘のような自然さで撮りあげられていたのです。わたくしは、シュミットの素直な驚きぶりを目にして、わがことのように得意になりました。その場の「空気」ともいうべきものを鮮やかにフィルムに定着させた小瀧さんの「手品」に、心底から驚嘆したことはいうまでもありません。
  ことさらに被写体にキャメラを向けるといった派手なそぶりもみせることなく、小瀧さんは、もの静かに二人のやりとりをみまもっておられました。それでいて、できあがった作品を見ると、作家としての小瀧達郎の署名が、モノクロームの濃淡のあるかないかのはざまに、まぎれもなく刻みこまれているのです。それは『リュミエール』(筑摩書房)の第12号の16ページに掲載することのできた作品なのですが、のちに、わたくしの映画インタヴュー集『光をめぐって』(筑摩書房)にも使わせていただきました。それをご覧いただければ感じとっていただけると思うのですが、そこには、周囲の雰囲気に親しく同調しながらも、なお一瞬ごとの持続を深いところで生きていたダニエル・シュミットその人が、時間の流れに鋭利に断ち切ることのないなだらかな表情で浮き出しています。
  そのようにして、わたくしは、敬愛する何人もの世界的な映画作家のポートレートを、小瀧さんにお願いする機会をかさねてまいりました。例えば、テオ・アンゲロプーロス、ジム・ジャームッシュ、大島渚、吉田喜重、北野武など、思いつくままに挙げてみても、誰もが知っている監督たちが、そのつど、まさに彼ら自身でありながら、しかも、小瀧達郎の視線だけがとらえうる思いがけない表情におさまっております。いつか、小瀧達郎による世界の映画作家といった瀟洒な出版物ができないものだろうか。ときおり、そんな夢をもてあそびながら、わたくしは、ダニエル・シュミットの口にした、あの「優れた外科医のようなメスさばき」の心地よさを得意げに思い出したりしているのです。

                                                            (はすみ しげひこ 仏文学者 元東京大学総長)


    無類に美しく静謐、しかしドラマのある写真
                                                                                                                   安原顯

  売れなかった女性誌『マリ・クレール』(中央公論社)を、尖鋭的かつお洒落な雑誌に変貌させた功労者は三人いる。写真家小瀧達郎、アート・ディレクター藤本やすし、それに、誰も評価しないので自己申告するが、自称スーパー・エディターの安原顯である。この内の一人でも欠けていたら、『マリ・クレール』の、あの奇蹟の隆盛はありえなかっただろう。いまなお、そう思っている。
  そして、彼らとの出会いを作ってくれたのは海野弘だった。彼は20年も昔に評論家に転じたが、雑誌『太陽』(平凡社)の編集長時代、藤本やすしは彼の同僚であり、平凡社を退社後独立して、デザイン事務所を創設していた。
  ある時、海野弘に、新生『マリ・クレール』に相応しい写真家とデザイナーはいないかと訪ねると、「それはこの二人しかいない」と言って紹介されたのが彼らだったのだ。1980年代初頭の話である。海野弘と小瀧達郎との出会いは古く、写真集『巴里の大道芸人』(求龍堂)の刊行時、彼がエッセイを寄せたことに始まる。早速ぼくは、小瀧達郎の膨大なコレクションの中から、パリ、イタリア、ロンドンの作品を中心に毎月借り受け、特集や記事中で使い、時には彼自身の作品特集も組んだ。これらの質の高い作品群を雑誌で使うなど非礼とは知っていたが、彼はイヤな顔一つせず、ほぼ10年間にわたり、通算数百枚もの写真を貸し続けてくれた。さらに、ぼくが出版プロデューサーをしていた折は、ブコウスキーやマンシェットをはじめ、バルディックの大部な『ユイスマンス伝』まで、単行本のブックカバー用写真も数多く貸してくれた。
  彼の写真は風景風物が圧倒的に多く、色調、構図ともに独特だが、何といっても最大の魅力は無類に美しいことだ。また、どの写真も、しーんと静まりかえってもいる。従って、多種多様な文章ともうまく響き合ったのである。むろん、それら膨大な作品の中には、波や風の音、小鳥の囀り、花の香りが漂ってくるものもないではないが、彼の写真に人物が写っていることは稀で、人の影すらない、ひょっとすると彼は、人間臭さや情念が嫌いなのかもしれない。その意味では彼の写真には妙な自己主張がなく、文章との微妙なバランス、不思議なハーモニーも醸し出されたのだ。
  しかし、静謐な写真だからといって物語やドラマ性がない訳ではない。文章と併載され、サイズもまちまち、印刷も完璧とはいえぬ雑誌の写真から、その特徴を掴み出すのは難しいが、大きく引き伸ばされ、質も高い「作品」を一点一点検討してもらえば、彼の写真には、常に物語が隠されていることが分かる筈だ。「絵を読む」感覚にも似て、見る人により、さまざまなドラマが見えてきたりするのである。その理由の一つは、彼の風景写真には、人の手が加わらぬ、荒々しく剥き出しの自然はなく、椅子やテーブル、庭や花壇、人形や本、教会や海岸に建つ建物等々、みな無名の人々による手仕事が多いことだ。そして、彼の写真の背後には、そうした無名の人物たちの生きた社会や歴史が垣間見えてくるのである。ぼくのいう物語性とは、そのような意味なのである。小瀧達郎は生々しい感情は好まぬようだが、さりとて無垢の自然にも興味がないように見える。
  小瀧達郎とは国内、海外で数多くの仕事もしたが、彼は滅多にシャッターを押すことはなく、中でも風景写真を撮る時、黙って自然と対峙している時間が長い。対象と向き合う画家のスタンスと言ってもいいかもしれない。彼の写真を見るたびに、もし現代の風景画や静物画が可能だとすれば、彼のこの写真のようなものではないかと思ったりしている。
                                                        ―1999年記―

                                                                            (やすはら けん スーパーライター)


作家プロフィール


小瀧達郎(コタキタツオ)

1972  東京造形大学写真科卒
        個展 「日本、その内なるものに向けて」 ニコンサロン
1976  個展 「暖簾」 ニコンサロン
1982  個展 「ブライトン・ドーヴィル・オン・フルール」 ツァイト・フォト・サロン
        フォトキナ・フォトアート(ケルン) 出展
1983  写真集 『巴里の大道芸人』(文・海野弘) 求龍堂 出版
        「巴里の大道芸人」の写真展とスペクタクルショー開催 東京大丸デパート
        個展 「巴里の大道芸人」 ミノルタ・フォト・スペース新宿, 広島, 福岡巡回
1984  個展 「巴里の大道芸人」 ラフォーレ・ミュージアム松山
        国際交流基金アジア伝統交流'84 「旅芸人の世界」のオフィシャルカメラマンとしてハンガリー,
        韓国, タイ, インドの旅芸人を撮影
        『マリ・クレール』日本版のグラビア創りに参加。故・安原顕氏らと共に同誌の黄金期を築く
1985  『旅芸人の世界』 *共著 朝日新聞社 出版
        東京造形大学非常勤講師となる
        つくば写真ミュージアム'85 「パリ・ニューヨーク・東京展」 出展
        「日本現代写真展」 スペイン文化庁主催(スペイン巡回) 出展
        『日本の建築家』(全7巻) 丸善 出版
1987  個展 「小瀧達郎 ポラロイド写真日記」 ポラロイドギャラリー
        準朝日広告賞受賞
1991  写真集 『VENEZIA』(文・塩野七生) 筑摩書房 出版
1992  個展 「VENEZIA」 ギャラリー・ビア・エイト(バーニーズ・ニューヨーク 新宿店)
1993  『私の二都物語 東京・パリ』 *辻邦生と共著 中央公論社 出版
1994  個展 「風の余韻」 BAUHAUS GALLERY
        『マリ・クレール』主催写真展 「パリ」 出展 銀座プランタン
1999  「大辻清司と15人の写真家たち」 出展 東京造形大学横山記念館マンズー美術館
        個展 「静溢(せいいつ)なる風景」 北鎌倉小瀧美術館
        個展 「ヴェネツィア」 浜松駅メイワン
2000  個展 「ヴェネツィアのカーニヴァル」 北鎌倉小瀧美術館
2001  個展 「静溢(せいいつ)なる風景II」 北鎌倉小瀧美術館
2002  「ポラロイド写真の世界―時を超えて―展」 出展 ポラロイドギャラリー
2003  個展 「ガーデン」 北鎌倉小瀧美術館
2004  個展 「ノースマリン・ドライブ」 ニコン・ウエブ・ギャラリー
2005  東京御茶ノ水に写真専門ギャラリーgallery bauhausを開設
2008  「The Collection」 出展 gallery bauhaus
2009  個展 「VISIONS OF UK」 英国に就いて gallery bauhaus
2010  「The Collection II」 出展 gallery bauhaus